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泣きのツボ

目のそばに散らばるほくろのせい、ではないと思う。
歳をとったせい、でもないと思う。
性分として涙もろいのだと思う。
小さい頃から、ドラマや映画を観てはよく泣いた。

なのに。
今回の朝ドラは泣けない。
大震災では、おおよそ泣くことなどないような、何人もの男の人の涙に泣かされた。
だのに。
家族に別れを告げに帰ってきた息子を前に、涙にくれるお父さんの姿を見ても泣けなかった。
夫となる人が、戦地に赴く決意を述べる今朝のシーンでも泣けなかった。
なぜ・・

前作の「てっぱん」には泣かされた。
安田成美さん演じる母親が
「恩返しを期待して育てる親なんてどこにおるんよ。」
その一言で泣けた。
以前の作品「ちりとてちん」も泣けた。
うーむ・・・
そうかと思えば、一昨日NHKで放送された「鶴瓶の家族で乾杯」には泣かされた。
別に何、ということはない。
被災地を訪れた笑福亭鶴瓶さんとさだまさしさんがお寺で行ったミニライブ
さださんが歌う♪Birthday♪の歌詞が心にしみただけ・・
歌を聴き目頭を押さえる人を見ただけ・・
顔に深いしわを刻むおじさんの涙が
VTRを見ながら鼻をすする小野アナウンサーの涙声が
さらに涙を誘っただけ・・


人によって笑いのツボが違うように、泣きのツボも違うのかも知れない。
遺伝するのかどうかは分からないが、息子と私の泣きのツボは似ている。
小1か小2の頃に、「忠犬ハチ公」を読んでぼろぼろ涙を流した息子は、まちがいなく私の遺伝。

私の泣きのツボ、あんまり押されたらただでさえはれぼったい目が、ますますはれぼったくなるので
刺激されたくないんだけどね。
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by citroentz | 2011-05-31 19:27 | つらつら | Comments(2)

老いに寄り添う

姑が入院した。
腸閉塞になり緊急手術と相成った。

一昨年の年末、常用の薬の薬害で立てなくなり入院した姑。
一時は我が家に迎え入れ、同居を覚悟した私たち家族であったが、3週間ほど滞在し自分の家に帰ってしまった。
身体の回復もあったが、何よりなれない土地、なれないマンションでの暮らしが堪えたらしかった。
日中、私たち夫婦が出かけてしまうと一人でテレビを相手に過ごすしかない。
チャンネルを変えても、自分が慣れ親しんだ関西の番組は流れていない。
ニュースを見ても、耳慣れない地名のニュースが一層、孤独感を募らせる。
家を訪ねてきてくれる友人達も遠く、私たち家族に遠慮してか電話もほとんどかからなかった。
嫁が取り仕切る台所に立つこともはばかられ、日がな一日することもなく過ごす毎日。
そんな姑を見かねて、住民票を移してこちらで福祉サービスを受け、デイサービスなどの高齢者サービスを受けてはどうか、と勧めたところで泣き出されてしまった。
「うち(私)、もう、帰りたい・・
自分の家がええ。友だちなんか、デイサービスで隣に座ったからって急に今日からお友だちね、なんてなれるもんやない。長い時間をかけて、心根がどんな人かを知って、やっと仲良くなれるもんやわ。
こんな知らんひとばっかりのところでデイサービスなんか行きとうない。。」
そう言われて引き留めることはできず、姑は自分の家に帰った。
その家が、いかに寒くて、不便で、寂しいものであっても、姑にとってはそれが安息の地であると悟ったのであった。
それからは、毎日夫に「安否確認コール」を入れ、高齢者用のお弁当を頼み、時折私がレンジで温めるだけのおかずを送り、気持ちの波はあるものの穏やかな日々を過ごしていた。

そうして行ったり来たりで1年半が過ぎ、このゴールデンウィークに私たちが様子を見に行き、こっちへ帰ってきてすぐくらいの頃に、夜中に電話がかかった。
姑が自分で救急車を呼んで運ばれた病院からだった。
昔受けた開腹手術の影響で、、腸が癒着して腸閉塞をおこしている、ということで緊急手術。
完全看護をお願いしたものの、週末ごとに様子を見に帰っている。
救急車で運ばれた病院なので、自分にあまりなじみのない病院であることもあり、すっかり意気消沈している姑。
週末にしか見に来てくれない息子家族も不満なのだと思う。
専業主婦ではない私も、夫の実家に詰めて毎日病院通いをするわけにもいかず、もどかしくしんどい日々である。
息子である夫は、といえば姑が私たち家族の方へやってこないことが疎ましいようである。
「親父やったら、さっさとこっちに来てくれたのに・・
寂しい、病院へ行くのが大変というなら、こっちに来ればええんや!」
と、怒ったように言う。
そこが、男と女の違いなのだ。
地域に根を張って生きる女と、家はねぐらでしかない男。
私の母のように、転勤族であちこちを渡り歩いた経験がない姑にとって、見ず知らずの土地で暮らすことは無理なのだ。

毎日、誰かに病院にきてほしいけれど、息子たちの住む街の病院は嫌。
不便な場所にある病院へは、近所の友人達もお見舞いにはそうそう来てくれない。
誰にも励ましてもらったり、優しい言葉をかけてもらえず病室の壁だけを見つめていると、ますます気分はふさぎこむ一方である。
「うち、もう、家に帰られへんのとちがうやろか・・」
うつろな目を向けて、そう訴えられるとこっちまで切なく、情けなく、悲しくなってくる。

今回の震災によって、被災した高齢者の方たちが、避難所で不便な暮らしを強いられていても、ほかのところへ移り住む、という選択をしないのを見て、姑があの場所を離れようとしないのがなんとなく理解できた。

老いに寄り添うということは、若い者からすればわがままに思えることに寄り添う、ということ。
そして、そのわがままに思えることは、高齢者にとってはそれがわがままでもなんでもなくて、「生きていく」ということ。
自分もいつか、そのような行動をとるのかもしれない。
そう思うと、姑の思いに寄り添っていくしかないのである。
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by citroentz | 2011-05-24 21:27 | つらつら | Comments(4)

大人の成績表

今年も成績表が届いた。
4月の半ばに受けた健康診断の結果である。
今までは、ほとんど「A」が並んでいたのに、今年はBが2つ、Cまでついてしまった。
確かに、息子がいなくなって夫婦ふたりの生活は、身体に良い生活とは言い難い。
野菜嫌い、お米、お味噌の嫌いな夫に合わせて、酒の肴のようなおかずばかりの並ぶ食卓。
更年期の影響もあってか、いきなりコレステロール値ががん!と上がってしまい「C」の烙印をおされてしまった。
まぁ、まだ薬でコントロールしなければならないほどではなさそうだし、軽い運動を取り入れ、野菜の摂取を心がければどうにかなりそうである。
会社の同僚の節子さんは、夫をして表現させると「昆虫のような」食生活をしているが、やはりコレステロールは高い。
更年期を迎えた女性はコレステロール値があがるのは仕方のないことだ、という話も聞く。
そう、深刻に捉えず、ゆるりと品行方正な食生活をこころがけよう。
だが、問題はそれよりも「目」である。
飛蚊症がひどくなったなぁ、と自覚症状はあったものの「網膜脈絡萎縮」という病名をいただいてしまった。
当面は目の酷使を避けるように、とのお達しだが、私にとってその制約はキツイ。
仕事で一日中パソコンに向い、趣味は、といえば洋裁、手芸、読書、PC。
どれをとっても目の使用なくしてはできないことばかりである。
今更ながら思い知る、五体満足のありがたさ。
目が使えない、というだけで時間の使い方さえも制限されてしまうなんて・・

夫の親友に胃ガンが見つかり、手術を受ける。
自分も含め、あちらこちらで耳にする「ガン」という病名。

大学時代にもらった可山優三(可ばかりで優がほとんどない成績のこと)でもかまわないから、とりあえず日常生活をつつがなく送れる成績表を目指すとしよう。
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by citroentz | 2011-05-09 18:34 | つらつら | Comments(2)

残り半世紀、反省記としないための覚え書き


by citroentz